東京にもおはら祭りがあったんだ。
おはら祭りと言えば、毎年11月に鹿児島市周辺で大々的に行われる行事だ。鹿児島三大祭りであり、代表的な秋の風物詩だ。
天文館からいづろ通り、桟橋付近までを二万を超える踊り手が舞う大々的な祭りである。
それが毎年5月に東京でも執り行われる。場所は若者と文化を象徴する大都市ーーー渋谷で行われる。
かつて渋谷を治めていた豪族 渋谷氏は源平合戦の功により、薩摩国、現在の鹿児島を治めることとなった。ここから入来院氏、祁答院氏、東郷氏と戦国島津、そして歴史にも名を残す一族へと分かれる。鹿児島と渋谷はそう言った繋がりがある。
渋谷 鹿児島おはら祭りでは「鹿児島オハラ節」、「渋谷音頭」、「鹿児島ハンヤ節」、「TOKYOオハラ」を踊る。まさに鹿児島と渋谷のハイブリッドな踊りが楽しめる。
今回、この祭りには、武将隊(踊り連は日置地区連)で参戦した。
週末の渋谷109前は大盛況。ここが踊りの中心地
多くの踊り手、観光客で賑う渋谷、シブヤ、SHIBUYA
渋谷ーーーこの中心街が今日のおはら祭りの拠点だ。
ここでの法被姿も珍しいが、甲冑を纏った武将姿で歩くと、時代を飛び越えてきたかのような感覚になる。
それでも、海外の方々からの反応は上々だ。
今回の布陣は左から、新納旅庵、島津義久、島津義弘、島津家久
天気は梅雨間近の晴れ。気温は高めだが、風が吹いて絶好の踊り日和だ。
祭りの幕開けは今年10月に行われる、鹿児島国体のPRパレードだ。
満を持して行われる鹿児島国体PRと地元小学校のブラスバンド演奏からスタート
前半は渋谷音頭と鹿児島オハラ節を踊る。
渋谷音頭は昔ながらの民謡のようなゆったりとした曲調で優雅に舞う。
反対に鹿児島オハラ節は激しい動きが多く、乱舞するように踊る。
この二つが審査対象となり、最後に結果が発表される。
注 今回の渋谷 鹿児島おはら祭りでは数年ぶりにマスク着用が撤廃されたが、人が密集していることと、戦国島津PRで面頬マスクを着用している。
武将を先頭に
手拍子でととのえる
踊り連ごとの特徴ある、色とりどりの衣装もまた魅力的
陣羽織をバッサバッサ揺らしながら踊る
横から撮影。反対側には別の踊り連が
約2000人が踊り手として参加。壮観だ
後半はさらに、TOKYOオハラと鹿児島ハンヤ節が加わる。
鹿児島ハンヤ節は現在の曲調にアレンジされ、踊り連ごとに変わる、見ごたえのある踊りだ。難易度も上がる。
おはら祭りで踊るのはこれが初めてだった。鹿児島に縁があっても鹿児島市内はあまり馴染みがなかった。
事前に公式サイトで公開されている動画で学んだが、なかなか身体が追いつかない。
そんななかで当日が来てしまった。
踊り連の方に優しく指南していただき、見よう見まねでとにかく踊った。動いた。そうして夢中になっているうちにあることに気付いた。
初めてなのに、初めてではない感覚。
初めてなのに、何処か懐かしい感覚。
妙円寺詣りの歌もそうだった。
そんな意識を頭の片隅に寄せ、導かれるよう渋谷の街を舞う。
掛け声とともに、甲冑の鳴る音が聞こえる。
コートのように長い陣羽織が振り乱れる。
心がひとつへと集まっていく。
ここは都心のはずなのに、鹿児島に居るという実感に包まれた。
武将隊集合
休憩中に、沿道で鹿児島出身のお年寄りの方と話したが、出身校が伊集院と聞く。
しかも、母親よりもずっと先輩(伯父と同期)だ。
鹿児島出身の方も多く沿道に集まっていた。
日置地区連は、主に伊集院にルーツを持つ方が多いようで、同じく伊集院出身である私にとっては嬉しかった。
沿道には海外の方々の情熱的な応援が目立つ
渋谷の街を最後まで踊り尽くす
最後は踊り連の垣根を超え、鹿児島ハンヤ節を輪になって踊った。
ここまでくれば踊り手も沿道も関係ない。
最高潮のテンションでフィナーレを迎える。
踊りが終わると、前半の審査結果が発表された。
109前の本会場にて受賞式
なんと入賞!
4年ぶりの入賞。敢闘賞
渋谷 鹿児島おはら祭り、鹿児島らしい、情熱と熱気と、郷愁が溢れる祭りであった。
11月には鹿児島市内でおはら祭りが行われる。
興味を持っていただけたなら、是非とも足を運んでいただきたい。
---
なお、ひおきとTVでも、メタバース内でおはら祭りの踊り動画を見ることができる。
ひおきとTV(5月30日放送)。41分20秒辺りからご覧いただける。
最後に報せがある
いかがだったであろうか。
薩摩の魂を少しでも感じていただければ幸いじゃ。
おはら祭りは11月、薩摩、鹿児島で大々的に行われておる。
此度は我が出陣し、踊りを舞った。
今度は是非とも、おはんらが舞う番じゃ。
共に薩摩で舞おうぞ。待っておる。
最後に報せとなるが、武将隊参加記事で我が筆を取った記事はタグに #旅庵記 とつけることとした。
これでより、武将隊の戦歴をご覧いただけるはずじゃ。
また、何処かの戦場にて会おう。
旅庵
結びに…
Twitterアカウント
おはら祭りと言えば、毎年11月に鹿児島市周辺で大々的に行われる行事だ。鹿児島三大祭りであり、代表的な秋の風物詩だ。
天文館からいづろ通り、桟橋付近までを二万を超える踊り手が舞う大々的な祭りである。
それが毎年5月に東京でも執り行われる。場所は若者と文化を象徴する大都市ーーー渋谷で行われる。
かつて渋谷を治めていた豪族 渋谷氏は源平合戦の功により、薩摩国、現在の鹿児島を治めることとなった。ここから入来院氏、祁答院氏、東郷氏と戦国島津、そして歴史にも名を残す一族へと分かれる。鹿児島と渋谷はそう言った繋がりがある。
渋谷 鹿児島おはら祭りでは「鹿児島オハラ節」、「渋谷音頭」、「鹿児島ハンヤ節」、「TOKYOオハラ」を踊る。まさに鹿児島と渋谷のハイブリッドな踊りが楽しめる。
今回、この祭りには、武将隊(踊り連は日置地区連)で参戦した。
週末の渋谷109前は大盛況。ここが踊りの中心地
多くの踊り手、観光客で賑う渋谷、シブヤ、SHIBUYA
渋谷ーーーこの中心街が今日のおはら祭りの拠点だ。
ここでの法被姿も珍しいが、甲冑を纏った武将姿で歩くと、時代を飛び越えてきたかのような感覚になる。
それでも、海外の方々からの反応は上々だ。
今回の布陣は左から、新納旅庵、島津義久、島津義弘、島津家久
天気は梅雨間近の晴れ。気温は高めだが、風が吹いて絶好の踊り日和だ。
祭りの幕開けは今年10月に行われる、鹿児島国体のPRパレードだ。
満を持して行われる鹿児島国体PRと地元小学校のブラスバンド演奏からスタート
前半は渋谷音頭と鹿児島オハラ節を踊る。
渋谷音頭は昔ながらの民謡のようなゆったりとした曲調で優雅に舞う。
反対に鹿児島オハラ節は激しい動きが多く、乱舞するように踊る。
この二つが審査対象となり、最後に結果が発表される。
注 今回の渋谷 鹿児島おはら祭りでは数年ぶりにマスク着用が撤廃されたが、人が密集していることと、戦国島津PRで面頬マスクを着用している。
武将を先頭に
手拍子でととのえる
踊り連ごとの特徴ある、色とりどりの衣装もまた魅力的
陣羽織をバッサバッサ揺らしながら踊る
横から撮影。反対側には別の踊り連が
約2000人が踊り手として参加。壮観だ
後半はさらに、TOKYOオハラと鹿児島ハンヤ節が加わる。
鹿児島ハンヤ節は現在の曲調にアレンジされ、踊り連ごとに変わる、見ごたえのある踊りだ。難易度も上がる。
おはら祭りで踊るのはこれが初めてだった。鹿児島に縁があっても鹿児島市内はあまり馴染みがなかった。
事前に公式サイトで公開されている動画で学んだが、なかなか身体が追いつかない。
そんななかで当日が来てしまった。
踊り連の方に優しく指南していただき、見よう見まねでとにかく踊った。動いた。そうして夢中になっているうちにあることに気付いた。
初めてなのに、初めてではない感覚。
初めてなのに、何処か懐かしい感覚。
妙円寺詣りの歌もそうだった。
そんな意識を頭の片隅に寄せ、導かれるよう渋谷の街を舞う。
掛け声とともに、甲冑の鳴る音が聞こえる。
コートのように長い陣羽織が振り乱れる。
心がひとつへと集まっていく。
ここは都心のはずなのに、鹿児島に居るという実感に包まれた。
武将隊集合
休憩中に、沿道で鹿児島出身のお年寄りの方と話したが、出身校が伊集院と聞く。
しかも、母親よりもずっと先輩(伯父と同期)だ。
鹿児島出身の方も多く沿道に集まっていた。
日置地区連は、主に伊集院にルーツを持つ方が多いようで、同じく伊集院出身である私にとっては嬉しかった。
沿道には海外の方々の情熱的な応援が目立つ
渋谷の街を最後まで踊り尽くす
最後は踊り連の垣根を超え、鹿児島ハンヤ節を輪になって踊った。
ここまでくれば踊り手も沿道も関係ない。
最高潮のテンションでフィナーレを迎える。
踊りが終わると、前半の審査結果が発表された。
109前の本会場にて受賞式
なんと入賞!
4年ぶりの入賞。敢闘賞
渋谷 鹿児島おはら祭り、鹿児島らしい、情熱と熱気と、郷愁が溢れる祭りであった。
11月には鹿児島市内でおはら祭りが行われる。
興味を持っていただけたなら、是非とも足を運んでいただきたい。
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なお、ひおきとTVでも、メタバース内でおはら祭りの踊り動画を見ることができる。
ひおきとTV(5月30日放送)。41分20秒辺りからご覧いただける。
最後に報せがある
いかがだったであろうか。
薩摩の魂を少しでも感じていただければ幸いじゃ。
おはら祭りは11月、薩摩、鹿児島で大々的に行われておる。
此度は我が出陣し、踊りを舞った。
今度は是非とも、おはんらが舞う番じゃ。
共に薩摩で舞おうぞ。待っておる。
最後に報せとなるが、武将隊参加記事で我が筆を取った記事はタグに #旅庵記 とつけることとした。
これでより、武将隊の戦歴をご覧いただけるはずじゃ。
また、何処かの戦場にて会おう。
旅庵
結びに…
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