どーも、Yoshihisaです。
週末に家族とどこに出かけるか。
我が家では結構上位にイオンが挙がってくる。
家族それぞれ行きたいお店が揃っているからだ。
というわけで今回はイオンモール鹿児島に行ってみた。
この日は休日ということで人が多い。
駐車場もほとんど埋まっていた。
自分たちと同じく子ども連れの家族も多く、買い物をしながら子どもの面倒に追われる親の姿がよく見られた。

そんななか、モールの2階に設けられたあるコーナーに目が留まった。
設置されたパネルを子どもが興味深げに指さしている。
なんかどっかで見たことのあるパネルだ。
しかも、よく知っている、というか知り過ぎているパネルのような、、、

ひおきPR武将隊の島津義弘公パネルではないか!?
どうりでいつものイオンに戦国の雰囲気が漂っていたわけだ。
しかし、何故イオンにこのパネルが?
ショッピングモールと島津義弘公は決して相容れない存在のはず。
近代的な複合施設と戦国時代の猛将は同じ次元に存在してはならないのだ!!

義弘公パネルの横には写真が載ったパネルが並んでいる。
要するに日置市で行われるイベントのPRのようだ。
子どもを連れた家族がちらほらと見に来ている。
確かに宣伝効果は抜群のようだ。
果たして、そのイベントとは、、、

チャンバラ合戦!!
かつで日置市で繰り広げられた合戦が再び勃発しようとしていた!
チャンバラ合戦とはスポンジの刀で相手の腕につけた命(ボール)を落としあう合戦のこと。
チームになって争う殲滅戦、大将を倒せば勝ちという大将戦、そして個人で戦い生き残りをかけるバトルロイヤル戦とさまざまな合戦形式が用意されている。
それぞれに戦略があり、シンプルに見えて非常に複雑なゲームなのだ。

最初に行われたのが令和元年10月。
島津義弘公没後400年事業として初めて日置市で行われたのだ。
あの時はまだひおきPR武将隊が結成されて半年。
まだキャラになり切れていない武将たちが必死で子どもたちを相手に合戦を繰り広げていた。

そして次に募集をかけたのが令和3年8月。
再び日置市で合戦を起こそうと画策していたが、コロナで中止。
2回目の開催は幻となってしまった。
あの雪辱を晴らそうと、再び日置市で乱を起こそうというのだ。
チャンバラ合戦~戦国島津ひおきの乱~
時は3月1日、場所はフラゴラアリーナ日置
皆もこの合戦に参加して勝鬨(かちどき)をあげるのだ!!
週末に家族とどこに出かけるか。
我が家では結構上位にイオンが挙がってくる。
家族それぞれ行きたいお店が揃っているからだ。
というわけで今回はイオンモール鹿児島に行ってみた。
この日は休日ということで人が多い。
駐車場もほとんど埋まっていた。
自分たちと同じく子ども連れの家族も多く、買い物をしながら子どもの面倒に追われる親の姿がよく見られた。

そんななか、モールの2階に設けられたあるコーナーに目が留まった。
設置されたパネルを子どもが興味深げに指さしている。
なんかどっかで見たことのあるパネルだ。
しかも、よく知っている、というか知り過ぎているパネルのような、、、

ひおきPR武将隊の島津義弘公パネルではないか!?
どうりでいつものイオンに戦国の雰囲気が漂っていたわけだ。
しかし、何故イオンにこのパネルが?
ショッピングモールと島津義弘公は決して相容れない存在のはず。
近代的な複合施設と戦国時代の猛将は同じ次元に存在してはならないのだ!!

義弘公パネルの横には写真が載ったパネルが並んでいる。
要するに日置市で行われるイベントのPRのようだ。
子どもを連れた家族がちらほらと見に来ている。
確かに宣伝効果は抜群のようだ。
果たして、そのイベントとは、、、

チャンバラ合戦!!
かつで日置市で繰り広げられた合戦が再び勃発しようとしていた!
チャンバラ合戦とはスポンジの刀で相手の腕につけた命(ボール)を落としあう合戦のこと。
チームになって争う殲滅戦、大将を倒せば勝ちという大将戦、そして個人で戦い生き残りをかけるバトルロイヤル戦とさまざまな合戦形式が用意されている。
それぞれに戦略があり、シンプルに見えて非常に複雑なゲームなのだ。

最初に行われたのが令和元年10月。
島津義弘公没後400年事業として初めて日置市で行われたのだ。
あの時はまだひおきPR武将隊が結成されて半年。
まだキャラになり切れていない武将たちが必死で子どもたちを相手に合戦を繰り広げていた。

そして次に募集をかけたのが令和3年8月。
再び日置市で合戦を起こそうと画策していたが、コロナで中止。
2回目の開催は幻となってしまった。
あの雪辱を晴らそうと、再び日置市で乱を起こそうというのだ。
チャンバラ合戦~戦国島津ひおきの乱~
時は3月1日、場所はフラゴラアリーナ日置
皆もこの合戦に参加して勝鬨(かちどき)をあげるのだ!!

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